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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)8929号 判決

原告 株式会社高桑米吉商店

被告 広和興産株式会社

主文

原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料が昭和四七年四月一日以降は一ケ月金一二〇万円であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一  原告は昭和三六年一一月一八日被告に対し別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を賃貸し、昭和四七年六月二九日当時その賃料は一ケ月六四万七〇〇〇円であつた。

二  昭和四七年六月二九日原被告間で次のような契約がなされた。

(1)  東京都港区芝琴平町一番地所在財団法人日本不動産研究所に適正な賃料の鑑定を求め、同研究所の鑑定額をもつて新賃料額とする。

(2)  右により決定された賃料は昭和四七年四月一日にさかのぼつて適用される。

三  昭和四七年七月二〇日同研究所は、本件建物の賃料を月額一二〇万円と鑑定したので、同年四月一日以降の新賃料は右の額と決定した。

四  然るに被告はこれを争つて、旧賃料割合による支払しかしないので、本訴に及ぶ。

と述べた。

被告訴訟代理人は、請求棄却・訴訟費用原告負担との判決を求め、請求原因に対して、「第一項は認める。第二項も認めるが、この鑑定額は「継続して賃貸借する場合の適正月額賃料」(以下継続賃料という)の意で、原告はこの趣旨で同意したのである。第三項中、日本不動産研究所が月額一二〇万円の鑑定をしたことは認めるが、これは「新期に賃貸借した場合の適正月額賃料」(以下新規賃料という)を算出したものであった。第四項は認める。」と答え、「鑑定額によるとの合意は継続賃料を前提としてなされたものである。かりに、新規賃料について合意したものとすれば、要素に錯誤があるから、契約は無効である。」と主張した。

原告訴訟代理人は、「右主張は否認する。かりに、要素に錯誤があつたとすれば、被告には鑑定の合意に際して重大な過失があつたものであるから、自らその無効を主張することを得ない。」と反駁した。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証、第五・六号証の各一・二、証人横山武雄の証言を援用し、乙号各号証の成立を認め、被告訴訟代理人は、乙第一ないし第四号証を提出し、証人中島透の証言を採用し、甲号各証の成立を認め、「ただし、甲第三号証の被告代表者の捺印は錯誤によるものである」と付陳した。

理由

一  原被告間に本件建物の賃貸借があり、昭和四七年六月二九日当時の賃料は月額六四万七四〇〇円であつたところ、同日原被告間に同年四月一日以降の賃料額改訂について合意が成立し、その内容は、日本不動産研究所に鑑定を依頼し、その結論を以て「適正賃料」とする、というにあつたことは、当事者間に争いがない。本件での争点は、その鑑定によるとの合意が新規賃料、継続賃料のいずれを対象とするものだつたかである。

二  成立に争いない甲第一号証、第二号証、第三号証、第六号証、同じく乙第一号証、第二号証、ならびに証人横山武雄および中島透の各証言を総合すると、次の事実関係が認められる。

(1)  原被告間の本件賃貸借は、昭和三六年一二月三一日から満十ケ年の期間で契約され、その頃建築された本件建物を被告がガソリンスタンドとして使用して来たものであるが、昭和四五年一月分以降の賃料額に争いを生じ、原告が被告を相手取つて当庁に提起した昭和四五年(ワ)第九五四七号建物賃料請求訴訟事件において、昭和四六年一二月八日和解が成立し、昭和四五年度以降の賃料額を一ケ月六四万七〇〇〇円とし、昭和四六年一二月末日までの未払分賃料とその利息金として六八〇万円を同年一二月一三日支払う旨の条項ある和解調書が作成された。

(2)  右訴訟係属中、原告は被告に対し昭和四六年四月一五日付内容証明郵便で、更新拒絶の意思表示をし、また、右和解後、昭和四七年一月五日付内容証明郵便で、期間満了後の使用につき異議を述べた。

(3)  被告側は本件建物の継続使用を希望し、たまたま原被告双方の代表者が大学の同窓という関係にあつたこともあつて、賃料を改訂することで継続使用の大筋が両名間で合意され、その後の折衝は原告側では横山武雄が、被告側では専務中島透が、それぞれ代表者の意を承け、その代理人という資格で、これを行つた。

(4)  原告側は、賃貸借は一旦終了しているから、新規賃貸借であるという立場から出発して一三五万円を提示し、被告側は従来の賃貸借の継続であるという立場から出発して八五万円を希望し、その間一旦九五万円で折れ合える可能性も生じたようであるが、結局合意が成立しないまま、昭和四七年四月から約三ケ月間折衝が繰り返されたが、被告側にはこの際ガソリン給油設備も新しいものに取り替えたいという気持があり、その点の交渉も行われて、結局、六月末頃、賃料については、前の訴訟の時と同様、日本不動産研究所に依頼してそれを適正賃料額としようという合意に達し、それを書面化したのが、甲第一号証の確認書および同第二号証の右付属書類である(以下これを甲第一号証の契約という。)。

(5)  さて、横山と中島の両名は、日本不動産研究所に鑑定依頼をすることになつた。その依頼の書面である甲第三号証が作成されるに至る経過については、両名の証人としての供述に一致しない点があるが、少なくとも横山が甲第三号証中、新規賃貸借の正常賃料の欄に丸印を施し、依頼者欄の上半に原告代表者のゴム印および代表者印を押捺したものを中島に示し、中島は同欄の下半分に被告会社名、代表者氏名を記入し、代表者印を押捺して鑑定依頼書を完成したことは認定できる。

(6)  両名はこれを日本不動産研究所に持参し、鑑定を依頼しようとしたが、この際改めて新規賃料と継続賃料の意味を確めた中島は、鑑定依頼を留保し、甲第三号証の書類を同研究所に預けたまま帰つたところ、横山はその後右書類を取り戻し、改めて、原告単独名で鑑定評価を依頼し、その結果甲第四号証の鑑定評価書が作成されるに至つた。

三  そこで、この甲第三号証に原被告両代表者の記名捺印がなされた効果を考えてみるのに、まず、横山と中島とがそれぞれ本件建物賃貸借に関し両代表者を代理する権限を有して、その権限に基づいて署名捺印を代行したものであることは前判示のとおりであり、甲第一号証の契約を補充し、具体化する合意として甲第三号証の記載および双方の署名捺印がなされたことも明らかであるから、その記載が原告主張どおりになされている以上、問題は被告側署名の効果いかんである。

四  ところで、前節(5) で認定した甲第三号証への被告側署名前の経緯として、中島証人は、鑑定依頼書の用紙中、「継続賃貸借の限定賃料」の欄に自分が一旦丸印を施したものを、横山が持ち帰つて、別の甲第三号証に差し換え、「新規賃貸借の正常賃料」の欄に丸印を施して示し、その際、継続賃貸借というのは、不動産所有者が交替したにかかわらず賃貸借が継続される場合の謂であると横山から説明を受けたのでそれを信じた旨供述しているが、横山証人はこれを否定し、当初から新規賃貸借として了解され、甲第三号証が作成されたのみであると供述している。間接事実を案じても、この間の具体的な経緯について確たる心証に達せしめるような推定をなすに足りるものはないが、前節(6) に見たように、中島が一旦不動産研究所に鑑定依頼のため赴きながら、実際には依頼を中止して帰つた経過から、同人が甲第三号証の依頼者欄への被告代表者の署名捺印を代行した際認識していた「新規賃貸借」との記載の意味が、研究所で説明を受けた意味とは相違していたこと、この点で同人に思い違いがあつたことは、優に推認できる。そして、前判示のとおり、甲第三号証は甲第一号証を補充具体化するものであつた以上、新規賃料か継続賃料かの点は甲第一号証の適正賃料額を鑑定により決定する旨の合意における要素と言わざるを得ないから、被告の錯誤の抗弁はこの点において理由ありとせねばならない。

五  しかしながら、第三節認定の事実関係、殊に、当事者間では賃料額の争いで前にも一度不動産研究所の鑑定書を裁判上の鑑定として利用していること(そして、成立に争いない乙第二号証によれば「継続して賃貸借する場合」の「限定賃料」なる文言が使用されていることが認められる。)、その後、原告から更新拒絶や、期間満了後の使用に対する異議があつた以上、原告側が新規賃料を主張することは予想された筈であること(中島証人の証言によれば、被告は本件建物におけるガソリンスタンドの営業ばかりでなく、他にも賃貸住宅を所有していることが認められるので、そのような会社の専務にはその程度の予想はつく筈である。)、などを総合すると、甲第三号証の新規賃貸借云々の記載の意味について中島が思い違いをしていたのには、重大な過失があると言うことができる。従つて、被告は自ら錯誤を主張しえないとの原告の再抗弁には理由がある。

六  原告の更新拒絶の意思表示が正当の事由を伴つていたか否かについては必ずしも心証を得難いのであるから、被告が本件において継続賃料を主張するのも一理なしとしないが、前節までに判示したように、甲第一号証の契約を補充具体化するものとして甲第三号証の記載がなされ、被告側がこれについての錯誤を主張しえない以上、当事者間の法律関係はこれに記載された新規賃料によるとせねばならない。そして、この場合の賃料額が原告主張どおり月額一二〇万円であることは甲第四号証によつて明らかである。

七  よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用は敗訴の当事者である被告に負担させることとして、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 倉田卓次)

(別紙)物件目録

東京都港区北青山三丁目七壱番地弐所在

家屋番号 七壱番弐の壱

一 鉄筋コンクリート造陸屋根四階建

店舗事務所兼休憩室

壱階 九弐・〇七平方メートル

弐階 参参・六〇平方メートル

参階 八弐・弐〇平方メートル

四階 八弐・弐〇平方メートル

営業施設一式付

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